*水底のマイクロメモリ*

前回まで水の安定同位体にまつわるお話しをしていました。その最後は氷河の氷になった水が当時の気候を記録しているという事でした。
今回はそこから想起された気候変動を記録する別のもののお話しです。

タイトルから察せられると思うのですが、今回紹介する気候を記録するものは水の底にあります。湖や海の底の堆積物はその時の気候の特徴をよくあらわす場合が多く、それが積もって地層となって残っていると氷河の氷と同じように当時の気候を記録できるというわけです。

大昔の気候を復元するのに特に役に立ったもの(成功例)の一つとして、有孔虫の殻に含まれる酸素の同位体比による氷河期と間氷期の推定があります。有孔虫とは広く海に生息する、0.1~0.5㎜くらいの大きさの原生生物です。彼らは殻をつくるものが多く、こんな見た目です。

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その殻は炭酸カルシウム(化学式CaCO3)で出来ています。化学式をみると酸素:Oがありますね。長い時間をかけて海底に積もり、化石になった殻に含まれる重い酸素と軽い酸素の割合=酸素同位体比を調べることで、当時の海水のもっていた酸素同位体比を知ることが出来るのです。その結果、過去50万年の期間、海には重い酸素が多い期間が5回あったことが分かりました。そして、それが世界中のどこでも同じ時期に同じように変動していたのです。


どうして海水中でこのような変動が起こったのでしょう。
ヒントは、先の氷河やトリチウムのお話の中にあります。海から蒸発しやすいのは軽い水です。その水が雨や雪となって降るときには、重いものから降ってきます。極域で降る雪は低緯度で既に重い水が降った後の軽い水によるものがほとんどです。軽い水は軽い水素と軽い酸素からできています。氷河期には降った雪は、広範囲で融けることなくどんどんたまっていきます。大量の軽い水が陸上にとどめられるために、海の水は重い水の割合が増えてしまうのです。氷河の氷の中の水とは逆に、寒冷な気候では有孔虫殻の中には重い酸素が増えるのです。小さな有孔虫の殻は海の底でひっそりと気候を記録していたのです。