“氷の海の真ん中で愛を叫んだけもの”

――ホッキョククジラが奏でるクールジャズ

北極域には多様な生物が生息しています。北極海には栄養豊富な成分が河川や、太平洋、大西洋とつながる海峡から入ってくることと、夏には、一日中太陽が沈まない“白夜”となるために、植物プランクトンが増え続けます。そして、その大量の植物プランクトンを食べる動物プランクトン、それを食べる小魚・・・という風に、様々な生物があつまってきます。その中には大きなクジラもふくまれています。そのなかの一種、ホッキョククジラについて紹介します。

ホッキョククジラは、黒い体に下あごの先だけが白い、背びれのないずんぐりとした姿のクジラです。成長すると体長は18メートルに達します。歯の代わりに細長いい板状の櫛のようなもので、エビによく似た大型のプランクトンのオキアミやその他動物プランクトンを濾して食べる、ヒゲクジラの仲間です。豊富な餌を求めて北極や南極付近に回遊でやってくるクジラが多いですが、ホッキョククジラは生涯、北極海やその周辺で暮らす唯一のヒゲクジラです。

ホッキョククジラの愛の叫び

クジラの仲間は、海の中で発声をしてコミュニケーションをとることがあります。ザトウクジラの発声はその不思議なのびやかさのある調子からクジラの歌と呼ばれることがあります。ザトウクジラとは親戚くらいに近い種であるホッキョククジラもおなじように声によるコミュニケーションにすぐれています。毎年冬になるとほとんど一日中大声で歌を歌っていることが観測されています。歌を歌うのはオスのクジラのみで、歌声でメスのクジラを惹きつけて、カップルになるためだろうと考えられています。ホッキョククジラの歌声を聞いた研究者はその声を“黒板をひっかいたような叫び声”と言っています。ザトウクジラは毎年春にその年の歌が登場して、群れのオス全体が同じメロディーを歌い、さながらその年のヒット曲のように海の中はその旋律でいっぱいになります。一方、叫び声のようなホッキョククジラの歌は、それぞれのオスが複雑で短いフレーズからなる独自の歌を歌っていて、しかもそれぞれが季節ごとに新曲をリリースするらしいのです。こうした様子からザトウクジラの歌はクラシック音楽で、ホッキョククジラの歌は即興性があるジャズだといわれます。これほどの作曲能力のある動物はほとんどいません。

歌に生き、愛に生き・・・ホッキョククジラの驚きの生命力

情熱に身を焦がして創作する芸術家というと、一瞬の輝きのような生を生きるようなイメージがあります。四六時中愛を叫び続けるようなホッキョククジラの一生はどうなのでしょう。

冷たい海で暮らす大きなクジラの寿命を調べるのはとても難しいことです。ホッキョククジラはヒゲクジラの中でもとても体温が低いことで知られていて、多くの動物の寿命と体温の関係から、長寿であろうと予想されていました。2007年に捕獲されたホッキョククジラの頭部に1879年から1885年にかけて製造され、クジラ漁で使われていた銛が刺さっているのがみつかりました。このクジラは100年以上生きていたという事になります。そして最新の年齢推定技術を使った結果からは、200年以上の寿命がある可能性が示されました。この長寿には損傷したDNAを修復する特別な遺伝子が関連している可能性があるといわれています。予想外に長寿なホッキョククジラ、一体生涯にどれだけの愛の歌をつくるのでしょうね。