*日経サイエンス新年特別号 、「技術で革新 鮭,カキ,ムール貝の養殖 米メイン州の挑戦」の海洋環境を勝手に解説①*

日経サイエンス新年特別号には、「技術で革新 鮭,カキ,ムール貝の養殖 米メイン州の挑戦」という記事があります。
かつて水産業で栄えていた米国メイン州は、乱獲や公害、気候変動などで漁獲高が急激に落ち込んだことで州経済に大きな打撃を受けています。経済と水産業の危機を養殖業で再生しようと様々な困難があるなか科学者や業者が奮闘している――というのが記事のおおよその内容です。繊細で貴重な自然環境・生態系を損なうことなく水産養殖を行うための取り組みや最新技術などについて識者のコメントを交えて記述されていて、とても興味深い内容でした。
話題の中心は養殖の方法と対象の海産物の生態や福祉(養殖される生物の活用を認めたうえで、受ける痛みやストレスを最小限に抑え生命を尊重しようという考え方)、養殖業が環境に与える影響なのですが、ところどころでメイン州の沿岸や沖合海域の海洋環境についても簡単にふれられています。読み応えのある記事を読み終わった後に、そこでは詳細には語られていなかった(もちろん、書かれるべきことは書かれているのですが)この海域の海洋環境や記事中で紹介された環境変化について、実際に起こったであろう現象の機序を年末年始でまとめてみたいと思いました。どのくらいの分量になるか、私自身まだわかりません。まず第一回目として海域の全体像と代表的な海流について書こうと思います。

そして多分、時々修正や編集し直すと思います。

メイン州の位置
TUBS, Maine in United States, CC BY-SA 3.0よりトリミング

海域の全体像

メイン州が面する海は北西大西洋という海域にあたります。この海域に含まれるグリーンランド沖は、冬季に表層の海水が冷却されることで低温・高塩分の重い水となって海底にまで沈み込む場所です。この様な場所は現在の地球上でグリーンランド沖と南極にしかありません。沈み込んだ水は、1000年規模の時間スケールで海洋全体をめぐる深層循環流となりますが、この流れは表面で大気と接していた時に吸収した二酸化炭素を深海まで運ぶ役割も果たしています。また、沈み込みを補償するように高緯度の表層へ暖かい海水(熱)が運ばれることもあり、気候変動問題において最重要な海域とされています。

北西大西洋の海面水温の衛星画像。赤色が温度が高い部分。図中左下から右上へ蛇行するように見える高温部分がガルフストリームの流路を表しています。ガルフストリームが北東へ流路をとる理由のひとつとしては、この先にあるグリーンランド沖で表層水の沈み込みが起こっていて、それを補うためと考えられています。もし気候変動による温暖化が進むことで表層水が沈み込まなくなると暖流の流れ込みがなくなり、温暖化といいつつヨーロッパは寒冷化するのではないかという議論があります(現在は深層循環の駆動力は冷却による高密度化だけではないため、沈み込みはなくならないという説が有力です)。

海流

北大西洋の表層を流れる代表的な海流にガルフストリームがあります。

暖流:北太平洋の黒潮に対応する暖流であるガルフストリーム(Gulf stream)は、メキシコ湾を源流域としてフロリダ海峡を通過後、北米東海岸に沿って流れたのちバージニア州の南東北緯36度付近で離岸し、北東方向にヨーロッパへ向かう流れ(北大西洋海流:North Atlantic Current)になります。これが前述の高緯度への熱の輸送にあたり、同様な緯度にある他の地域よりも北西ヨーロッパの気候が温暖な理由となっています。

寒流:ガルフストリームが黒潮に相当する暖流であるとすると、親潮にあたる寒流はラブラドル海流(Labrador Current)です。ラブラドル海に源流を持つ氷河の融解水の影響を受けた低温・低塩分の流れは、カナダの東岸を南下し、メイン州からマサチューセッツ州南部までを流れます。そしてこれより南の北米東岸では離岸したガルフストリームに由来する水が優勢な海域となっています。

このようにメイン州の沿岸は冷たいラブラドル海流が流れ、少し沖合の海域は離岸したガルフストリームとラブラドル海流が接する海域です。この様な海域は上の衛星画像にもみられるように、また日本の三陸沖合がそうであるように、暖流と寒流がお互いに相手の水を引き込んだり、渦を作ることで、深い水深の栄養の豊富な海水を植物プランクトンが光合成をおこなう海洋上部へと運び、良好な漁場を形成します。

© European Space Agency.